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2026年7月4日土曜日

ガラテヤ人への手紙 2章

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ガラテヤ 2:1  それから十四年たって、私はバルナバと共に再びエルサレムに上った。その際、テトスも連れて行きました。

ガラテヤ 2:2  私が上京したのは、啓示によるものでした。私は異邦人に宣べ伝えている福音を彼らに説明したが、それは有力な人々に対しては、内密に行ったことでした。私がこれまで走ってきたこと、あるいは今走っていることが、無駄にならないようにするためです。

ガラテヤ 2:3  しかし、私と一緒にいたテトスはギリシア人であったにもかかわらず、割礼を受けることを強いられなかった。

ガラテヤ 2:4  それは、忍び込んできた偽の兄弟たちのせいです。彼らは、私たちがキリスト・イエスにあって持っている自由を偵察し、私たちを奴隷にしようとして、こっそり入り込んできたのです。

ガラテヤ 2:5  私たちは、福音の真理があなたがたのもとにとどまるように、彼らに屈服して譲歩することは、たとえ一時たりともしなかった。

ガラテヤ 2:6  また、有力者と見なされていた人々については――彼らがどんな人であったにせよ、私には問題ではありません。神は人を分け隔てなさらないからですその有力者たちは、話し合いの席で私に何も付け加えませんでした。

ガラテヤ 2:7  それどころか、彼らは、ペテロに割礼を受けた者への福音宣教が委ねられたように、私には異邦人への福音宣教が委ねられたことを見て、

ガラテヤ 2:8  (実際、割礼を受けた者の使徒としてペテロに力強く働かれた方は、異邦人への使徒として私にも力強く働かれたのですが)

ガラテヤ 2:9  柱と見なされていたヤコブ、ケパ、ヨハネは、私に与えられた恵みを認め、私とバルナバに交わりの右手を差し伸べました。それは、私たちが異邦人のところへ行き、彼らが割礼を受けた者のところへ行くためでした。

ガラテヤ 2:10  ただ一つ彼らが望んだのは、私たちが貧しい人々を心に留めることでした。それこそ、私も熱心に行おうとしていたことです。

ガラテヤ 2:11  しかし、ペテロがアンティオキアに来たとき、私は彼を面と向かって非難しました。彼に非難されるべき点があったからです。

ガラテヤ 2:12  というのは、ヤコブのところからある人々が来る前は、彼は異邦人と一緒に食事をしていたからです。しかし、彼らがやって来ると、彼は割礼を受けた者たちを恐れて、身を引いて離れてしまった。

ガラテヤ 2:13  他のユダヤ人たちも彼と一緒に偽善の振る舞いをしたので、バルナバまでも彼らの偽善に引きずり込まれてしまいました。

ガラテヤ 2:14  しかし、彼らが福音の真理にかなった正しい歩みをしていないのを見て、私は皆の前でペテロに言いました。「あなたはユダヤ人でありながら、ユダヤ人の流儀ではなく異邦人の流儀で生活しているのに、どうして異邦人にユダヤ人の流儀で生活するよう強いるのですか。」

ガラテヤ 2:15  私たちは生まれながらのユダヤ人であり、異邦人のような罪人ではないが、

ガラテヤ 2:16  人は律法の行いによってではなく、イエス・キリストへの信仰によって義とされることを知っています。そこで私たちも、律法の行いによってではなくキリストへの信仰によって義とされるために、キリスト・イエスを信じたのです。なぜなら、律法の行いによっては、だれ一人として義とされないからです。

ガラテヤ 2:17  しかし、もし私たちがキリストによって義とされようとしながら、自分たち自身もまた罪人であるとされたなら、キリストは罪に仕える者ということになるでしょうか?。決してそうではありません。

ガラテヤ 2:18  もし私が、一度打ち壊したものを再び築き上げるなら、私は自分自身を違反者とすることになります。

ガラテヤ 2:19  私は神に生きるために、律法によって律法に対して死んだのです。

ガラテヤ 2:20  私はキリストと共に十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。私が今、肉にあって生きているのは、私を愛し、私のためにご自身をささげられた神の御子に対する信仰によるのです。

ガラテヤ 2:21  私は神の恵みを無にはしません。もし義が律法によって得られるものなら、キリストは無駄に死なれたことになるからです。

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